…ここ最近、晴れた日がないような気がする。 連日の雨のためか気温が下がり続けるその一方で、 湿度は上がり続けていく。…そのためか、洗った食器は自然乾燥できないし、 洗濯物もなかなか乾いてくれない。布団も何日も干せず、 とうとう平べったくなって柔らかさが失われた。 窓を開けてみれば、今日もどんよりとした曇り空だ。 「はぁ…」 住ませてもらっている部屋の窓から顔を覗かせ、空模様を確認すると、 相変わらずのその様に…コンも深く溜息をついた。 窓の枠に両肘をつき、両腕で頬杖をついて肩を落とす。 そうしたかと思うと、空を見ることをやめた。 ベッドの上に、綺麗に畳まれている服を見て、 それを手に取ったかと思えば…窓を閉めて暖房をつける。 「どうせ出かけるなら、日光を浴びながら外を歩きたいものだ」 暖房の効果で部屋が温まるのを待つ。手にした服を見て、 コンは誰にも聞こえないように愚痴を漏らした。 温まる前の部屋で、一瞬身震いをする。 今日は、ある施設へ向かう日だ。 居場所を無くした自分が通うべき場所。 手続きなど、いろいろとよくわからないことはあるが、 一先ずはと行ってみることにする。 ………正直、乗り気ではないが………。 【自分のための調理実習】 「━━━━━あ、おはようございます」 「うん…、おはよう」 暖房で部屋がちょうどいい具合に温まったところで着替えた。 今の季節が季節なのだ、起床直後だと室内とはいえ冷え切っている。 とてもではないが、そんな状態で着替えなどできそうにない。 着替え、身嗜みを整えた後に、書斎に行った。 出かけることを、住ませてくれているスキーマに知らせたい。 自分からドアを開けなくても、書斎のドアは少しだけ開かれていた。 その隙間から覗き込むようにして中を見れば、 朝からスキーマが仕事の依頼人からの書類をチェックしているのが見えたので、 コンはそっとドアノブに手をやり、ゆっくりと開ける。 コンがドアを開ける音が耳に入ったらしく、 スキーマも反応を示して、ドアの方を向いた。 それで、コンと視線を合わすと微笑しながら挨拶する。 スキーマのその態度に安心感を覚えながら、コンも挨拶を返した。 この頃特に、スキーマが人々の性格や精神衛生を重視するのは、 こういうことのためなのだろうか。…コンには、大いにわかった。 「朝食は、済まされましたか?」 「いや…、まだなんだ」 「そうですか。…ご自身で作りますか?」 「うん。わたしも…できることは自分でしなければ」 「そう気負いしなくてもよろしいですよ。自分のことに責任を持つのはよろしいですが、  無理は禁物です。…できないときは、いつでも言って下さい」 「いつもありがとう、スキーマ」 ほんの少しだけ目を細めて、スキーマが尋ねた。 対するコンも、尋ねたことに答えられるだけ返していく。 それを聞くと、スキーマが口元を緩ませて頭を下げる。 スキーマの言葉は疑わない、コンも素直にお礼を言った。 2人で話した通り、朝食は自分で作ることにした。 噂によれば、日頃の食生活や心身の調子に大きく影響を与えるのだとか。 それでも、どういう理由でスキーマが自炊を勧めるのかはよく掴めていないが。 …いつまでもスキーマを頼るわけにはいかない。 「(…できることから、自分で自分の世話をしなくては)」 起床したばかりのときより、やや意気込んだ様子で台所へ歩いていく。 ご飯を作る時間を考えると、食べる時間がやや遅れるものの、 これから出かけるにあたっての支障は出ないだろう。 台所へ向かい、調理器具の状態を確認する。 調理器具は、清潔に洗われている。複数の人間が共有するからか、 少しの洗い汚しも許さないといったところか。 調理器具の状態を確認し終えると、次に冷蔵庫の中を見る。 冷蔵庫の中には、まだ消費あるいは賞味期限の過ぎていない食材や飲料、 そして液体調味料が冷蔵保存されている。 「さて…、何作ろっかな…」 朝食に向いている料理となれば、栄養を考慮すると絞られてくるのかもしれない。 それでも、多少は自分の好物なるものを食べたいところである。 冷蔵庫の中を見回し、良さそうな食材を探す。 そうして絞り出したのが、食パン、タマゴ、ハム、イチゴ、 そしてヨーグルトの5つの食材だった。 使う食材を決めたところで調理を始めようとするが、また別の案も浮かび上がった。 「そうだ、飲み物どうしようかな…」 何を飲むのかを考えていなかった。せっかくなので、 経った今選んだ食材に合いそうなものを飲みたい。 ヨーグルトとココアの組み合わせが長寿の秘訣であると、 前にテレビ番組で聞いたことがあるが、それにしてみようか? 食材選びと同様に、どんな飲み物があるのかを探す。 粉末状にしてあるものを常温保存している種類もあるので、 冷蔵庫の中だけではなく、キッチンの上の戸棚の中も確認する。 そうして見てみると、塩や小麦粉、砂糖といった粉物や、 コーヒーやココアのパウダー、あとは…紅茶のパックも発見した。 …食材や調味料がたくさん種類があるのはわかるのだが、 多様な飲み物の種類を見て、コンが不思議そうに首を傾げる。 「…あれ?スキーマって確か…、わたしが一緒に暮らすようになるまで、  一人暮らしだったんだよな…?よく飲むものは決まってくると思うんだが…」 ………来客用か?はたまた、自分のように誰かを住ませる際に必要だからなのか? …考えても答えは出ないので、自分が飲みたい物を選ぶことにした。 朝ということもあり、水分のみならずそれなりの 栄養も摂取できればと思い、ココアを選択する。 「よし…」 飲み物を決めたところで、朝食作りを始めた。 まず、最初にココアパウダーを溶かすために、マグカップに牛乳を入れる。 入れたらキッチンの傍に置いてあった電子レンジに入れて、 750ワットの電気、約1分のタイマーに設定する。 電子レンジが温め完了の音を立てるまで、他のことをして待つ。 次に、取り出した食パンを1枚取り出して、 電子レンジの隣に置いてあるオーブントースターの中に入れる。 セットが完了して、こちらも1000ワットの電気、 タイマーを約3分にして焼くのを開始した。すると━━━━━。 『ブツッ━━━━━!!』 ━━━━━電源が切れたような音が一瞬響き、 部屋が、家中が、突然真っ暗になった。 「━━━━━っっ!!!!???」 つい先程、明るい部屋で調理を始めたら、こんなことになった。 唐突な出来事に、コンがバッと顔を上げ動揺した様子で室内を見回す。 「な………何!?わたし、何かしたかっ!!?」 キョロキョロと見回し、何が原因でこうなってしまったのかを探ろうとする。 幸い、時間帯が朝ということもあり照明がなくとも多少見えるものの、 この時期の朝は日が昇るのが遅く、まだ外は夜のように暗かった。 そんな状態で、原因を探せというのか。 自己責任と言われると確かにそうなのだが、 狭い範囲を照らすランプさえ手元にない今、 それをするのは非常に厳しい状態だった。 「と…とにかく灯りをつけるのが先か…!!?」 室内が一瞬にして暗闇と化した。その直後であるために目はまだ闇に慣れておらず、 どこに何があるのかを掴むのさえ困難なくらい、視界は黒一色だった。 どの位置に電気のスイッチがあっただろうか、とコンは手探りで探す。 明るい場所から暗い場所に移った際、目が慣れるのはそこそこ時間がかかる。 反対に暗い場所から明るい場所に移った際はそれが早いのに、どうしてなのだろうか。 焦りつつ、内心でそんな疑問を抱きながらも、 コンは何がどうなったのかと原因を探す。 そのように、困惑しながらも状況の改善を試みていると。 『ピンポーンッ!!』 …次から次へと、一体何がどうなっているのだろうか。 今度は、この部屋とは別の所から、インターホンに近い音が響く。 「(次から次へと…っ!!?…ってあれ?)」 その音が鳴った直後、暗くなった部屋に灯りがついた。 わずかな時間の中で、複数の予期せぬ出来事が起こり、 コンの頭はこんがらがり、ついていけなくなりつつあった。 灯りがついた。それならば自分がしたことは、どうなっているのか。 電子レンジとオーブントースターに近付き、蓋を開け閉めして確認すると、 どうやら牛乳とパンは無事のようだった。 ただ…、2つとも温まりもしていないし、焼けてもいない。 セットする前の状態のままであった。 「………??」 …先程の暗闇は、一体何だったのだろうか。 愕然として、2つの材料を見ていると、 「━━━━━コン、さん」 ━━━━━部屋の入り口から、ここに来る前に話した声が。 それに反応を示し、コンが振り返ってみると、スキーマがいて、 「━━━━━電気機器の使い過ぎには、ご注意下さいませ」 困ったように眉を寄せ、だが口元は笑みを浮かべている。 「え………??」 自分に忠告するかのようにそう言った。 そんなスキーマと目を合わせたものの、よくわからなくて。 一先ず、あの暗闇の元凶が自分であるということはわかったが、 何がどうなって、こんなことになってしまったのか…? コンが、ポツリと呟くように問い掛ける。 「電気機器の、使い過ぎ…??」 「えぇ、そうです」 コンに問いかけられたスキーマが、コクコクと頷いた。 「例えば、電子レンジとオーブントースター。  これ…2つ同時に使ってしまうと停電になるのですよ。  私もうっかりやってしまうことがあるので、  そうなのではないかと思って…」 「2つ同時に………」 「えぇ。電力会社との契約上、一度の使用で1500ワット以上の電気を使うと、  ブレーカーが落ちてしまうのですよ。特に、  このフロアの配線は集中しておりますもので…」 「…なら、さっき真っ暗になったのは…?」 「いわゆる停電ですね」 「………」 とても困ったような顔で、そう説明するものだから。 そんな事情があったなどどとは知らず、 自分がやってしまったことを振り返ってみると、 スキーマに何も言えなくなってしまった。 コンは、殆ど黙った状態になってしまう。 停電。それならばいきなり部屋が真っ暗になったのにも頷ける。 茫然としているコンに、付け加えるかのようにスキーマが話す。 「もう落ちたブレーカーは上げたので、使用そのものはもう大丈夫ですよ」 「え?………うん」 「使うのはご自由ですが、複数の使用にならないように、  使うタイミングをずらした方がよろしいですね。  以降、気をつけて下されば幸いです」 「うん………」 スキーマが話すことに、ただただ頷くことしかできなくて。 自分が聞いてくれたことを確認し終えると、 スキーマも部屋の入り口から顔を出すのをやめ、戻っていった。 おそらく…、書斎へと戻っていったのだろう。 一方のコンは…、ほんの少しだけ肩を落とした。 落ち込んだように顔を俯かせて、小さな声で、 誰にも聞こえないように、呟く。 「まったく…、どうしてわたしはいつもこうなんだ………」 スキーマが自分を気遣い、守ってくれるのは嬉しいことだが。 その親切や優しさが、ときとき辛くなってしまうのは、どうしてだろうか。 電子レンジに残された牛乳と、オーブントースターの中にある食パン。 その2つだけが、まるで自分を慰めるかのように…静かに佇んでいる。 本来生き物でもない物から視線を浴びているようで、 今のコンには、それさえも辛く感じてしまうのか。 連日の雨。晴れない空。 それは、自分の精神状態を表しているのか? だから、空が常に灰色に見えるのだろうか………━━━━━? END